コンプレックスに悩む方にオススメ!『私のジャンルに「神」がいます』

皆さんは『私のジャンルに「神」がいます』、あるいは『同人女の感情』という作品を覚えていますか……?

『ジャン神』(『私のジャンルに「神」がいます』の略称)は、今から約3年前の2020年に、Twitter(当時はまだXではありませんでした……)の一部の界隈の話題をかっさらった超人気漫画です。しかし、おそらく「知っている人はめちゃくちゃ知っている」「知らない人は全く知らない」と認知度がきっぱり二極化しているのではないかと思います。

それもそのはず、この『ジャン神』は、「アニメや漫画が好きで二次創作の小説をSNSに投稿したり同人誌を制作したりする女の子たち(=「同人女」)が抱える、人間関係に関する葛藤」という、非常にニッチなテーマを取り扱っているからです。

ですが、「馴染みのないテーマだから」といって敬遠されてしまうにはとても惜しい作品でもあります。

『ジャン神』がTwitterで大バズりした理由は、今まで話題にすることさえタブーだと思われていた「同人女」たちのTwitter上での交流における嫉妬やモヤモヤを、見事に描き出したことです。

一見ごく一部の人しか共感できなさそうな内容にも思えますが、そんなことはないと私は考えています。

「同人女」同士の関係は非常に興味深いです。

アイドルとファンの間にあるような線引きはなく、作品を生み出す人も作品を読む人も皆同じ土俵に立っている「一般人」です。しかし、多くの人から注目を集める「神字書き」、一方で周りからの評価は少ないながらもコツコツと創作を続ける一般字書きなど…… お互いの近くて遠い複雑な関係の中で、さまざまな感情が生まれていきます。その中には、同人活動を経験したことがない人でも共感できるような感情もきっと含まれているでしょう。

今回は、『ジャン神』をすでにご存知の方にも、『ジャン神』を知らない方にも興味を持っていただけるようにご紹介していきたいと思います!

目次

作品と作者について

『私のジャンルに「神」がいます』は、当初『同人女の感情』という名前で作者のTwitter個人アカウントにて連載されていました。2021年には、「pixiv創作マンガ年間MVP2021」を受賞しました。

2023年11月6日時点では、pixivが運営している「pixivコミック」というサイトでほとんどのお話を読むことができるので、「見やすくまとめてあるところで読みたい」という方にはオススメです。

2020年11月にKADOKAWAより第1巻が発売されました。2023年11月6日時点で全3巻発売されています。

また、その続編にあたるお話を、作者の方が個人出版していらっしゃる同人誌で読むこともできます。

作者は真田つづる先生です。『ジャン神』の他にも、『彼女の音色は生きている』というバイオリニストの少女たちの物語を描いていらっしゃいます。

推しとファンの距離が近すぎる!二次創作の世界の独特さ

「同人女」の世界は非常に独特です。

先ほども述べたように、同人の世界には「推し・推される」関係がありながらも、推す方も推される方も同じ土俵の一般人です。アイドルとファンのように、ファンからアイドルへの一方的なやり取りではなく、神作家も弱小作家もSNS上の友人として作品にまつわるさまざまなイベントを一緒に楽しみます。

私は、同人女同士のこの「近くて遠い距離感」が、『ジャン神』で描かれているさまざまな感情のミソだと思っています。

シーズン1の第1話「天才字書きと秀才字書き」を例に挙げてみます。主人公は大手ではないながらも同人活動を楽しむ女子大学生。ある日「綾城」さんの作品を偶然見つけて読んでみたところ、そのあまりの素晴らしさに、推しに対する発狂しそうな興奮と絶望的な虚しさに襲われます。

その数コマ後に彼女の心の中に生まれたのは、「私……もっと上手くなりたい 綾城さんに興味を持ってもらえるくらいの字書きになりたい…!」という思いでした。

もし主人公が読んだのが川端康成や村上春樹が書いた小説だったら、「自分に対して作者に興味を持ってほしい!」とはなりづらいと思います。

同じ土俵に立つ同人女同士だからこそ、「もっと頑張りたい」というやる気が芽生えたり、「相手に自分を知ってほしい」という承認欲求が発生したりするのではないでしょうか。

綾城さんとTwitterで相互フォローになることを夢見て小説の鍛錬を積む主人公でしたが、綾城さんからフォローバックされることはありませんでした。

複雑な思いを抱えながらTwitterを巡回していたとき、たまたま目に入ったのが「おけけパワー中島」という綾城さんの相互フォロワーのツイートでした。綾城さんの新作小説に対し、「読んだ! めっちゃ笑ったww やっぱり綾城さんの作品全部大好き♡♡♡」とリプライしていたのです。

それを見た主人公の心には、おけけパワー中島さんに対するドス黒い感情が生まれます。

「本当に全部読んでんのか?」「仮に全部読んでたとして出てくる感想が『笑った』だけか?」……

初めは純粋に創作を楽しんでいたはずなのに、綾城さんからのフォローバックを気にし始めた結果、執着の矛先がおかしなことになってしまったのです。

ここからは私の想像ですが、主人公は綾城さんと自分との間に、無意識のうちに線を引いていたのだと思います。まさに、アイドルとファンの間にあるような線引きです。

「自分なんかが綾城さんにガンガン声をかけに行くのは烏滸がましい」という遠慮から自ら線を引いた一方で、「同人女はみんな同じ土俵に立っているんだから、私にも綾城さんと交流する資格があるのではないか」という、これもまた無意識下での期待も持っていたのだと考えます。

自らの期待を自らの遠慮で制していた中、遠慮を欠いている(ように主人公には思われた)おけけパワー中島の言動を見て、日々感じていたストレスが怒りに転じてしまったのではないでしょうか。

主人公の葛藤は意外な形で報われることになります。その詳細はぜひ皆さんご自身で確かめてみてください…!

余談になりますが、『ジャン神』のお話はどれもハッピーエンドで後味が良いものばかりであることも、本作品の魅力の1つです。

話が戻りますが、この「無意識の線引き」によって生じる葛藤は、『ジャン神』の他のお話にも共通しています。

シーズン3で複数話に渡って描かれる、二次創作に励む女子高校生2人のお話「九条と向井」では、九条が憧れている神字書きと向井が親睦を深めていく様子に九条が嫉妬してしまいます。

元々、以前から長いこと二次創作をしていたのは九条。向井も同じキャラクターを好きなことが分かったので、九条が向井を二次創作の世界に誘い、小説の書き方のあれこれを教えていました。

九条が憧れの字書きに話しかけにいくのを躊躇っている間に、SNS上の暗黙のルールのようなものを知らず、また元々あっけらかんとした性格の向井がその字書きに突撃し、仲良くなってしまったのでした。

このように『ジャン神』を分析してみると、同人女たちが抱えている感情は同人活動の経験がない人にも経験しうるものなのではないか? あながち他人事ではないのではないか? という気がしてくるのです。

リアルの知人と繋がっているSNSアカウントでのトラブルや、友達付き合いでの軋轢、憧れの先輩の取り合い、職場におけるチャンスの奪い合いなど……

これらに共通する原因を挙げるとするならば、その1つはおそらく「コンプレックス」です。

『ジャン神』の同人女たちの「遠慮」と「期待」の葛藤は、「コンプレックス」と「肥大化した自意識」の葛藤と言い換えることができるでしょう。そして彼女たちが自ら引いてしまった「無意識の線引き」をどうにかする根本的な解決法は、自身のコンプレックスを克服することに他なりません。

『私のジャンルに「神」がいます』は、「同人界隈」というニッチな世界を描きながら、SNSの発達などにより複雑化した私たちが抱える普遍的な「コンプレックス」に深く切り込んだ作品だと言えるのではないでしょうか。

『私のジャンルに「神」がいます』オススメです!

今回は、真田つづる先生の人気作品『私のジャンルに「神」がいます」をご紹介しました。

連載当時、最新作が投稿されるたびに登場人物の名前がTwitterのトレンド入りを果たすという一大ムーブメントを起こした『ジャン神』ですが、二次創作や同人活動に疎い人にとっては馴染みの薄い作品だったかもしれません。

ですが、『ジャン神』で描かれている同人女たちの葛藤は、誰もが抱えているコンプレックスと共鳴しうる可能性を秘めています。

もし興味を持ってくださった方がいらっしゃいましたら、pixivコミックというサイトで無料で読めますので、ぜひお試しください!単行本もぜひお手に取ってみてくださいね。(単行本描き下ろしのお話も激アツです)

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