今回は、「誰が読んでも笑える」「みんなに優しい」ギャグ漫画として、荒川弘先生の『百姓貴族』をご紹介したいと思います。
ギャグ漫画って、自分自身はとても大好きでも、友達に勧めるとあまり良い反応をもらえなかった……ということがたびたび起こります。
元ネタを知らなかったりブラックジョークが苦手だったりと、理由はいくつでも挙げることができるかと思いますが、何より笑いのツボというものは千差万別なのでしょう。
今回ご紹介する『百姓貴族』に描かれている荒川先生の農業ライフは、日本人の大半が経験したことがないと思います。
奇想天外で強烈な実態を荒川先生が面白おかしく描くので、我々読者は驚き、圧倒され、そして思わず大笑いしてしまいます。
そんな『百姓貴族』の魅力を、これから詳しく解説していきたいと思います!
作品と作者について
『百姓貴族』は、新書館の『ウンポコ』2006年Vol.8にて連載を開始しました。『ウンポコ』休刊後は、『月刊ウィングス』(現『ウィングス』)に移籍し、2009年9月号より連載されています。
単行本は、2023年5月時点で7巻まで発売されています。
作者の荒川弘先生は、北海道の十勝地方の農家に生まれ、農業高校を卒業して漫画家になるために上京するまでの7年間、実家の農園で働いていました。
荒川先生のご実家では、酪農と畑作を両方行ったそうです。
漫画家としては2001年に連載開始された『鋼の錬金術師』がご紹介するまでもないくらい超有名な代表作ですよね。
私は『鋼の錬金術師』にオンタイムで熱中した世代からは少しずれているのですが、それでも全巻読破していますし、連載完結から13年経った今でも日常会話やSNSなどで名台詞が引用されたり主題歌がカラオケで歌われたりしているのはすごいことだと思います。
また、2011年からは『銀の匙』を、2013年からは『アルスラーン戦記』のコミカライズ版を連載開始しました。また、2021年からは『黄泉のツガイ』という作品を連載開始しています。
『百姓貴族』の魅力①北海道のことがわかる!
『百姓貴族』を読んでいると、主に農業に関係する北海道のトリビアを得ることができます。
本作によると、荒川家が農業を営む北海道の十勝地方を切り拓いたのは、十勝開拓団「晩成社」の依田勉三という人だったそうです。羆害(ゆうがい)や飢え、火事、洪水、蝗害(こうがい)など、ありとあらゆる苦難を乗り越えながら原生林を開拓していったのだそうです。
荒川先生のひいおじいさんにあたる与作さんも本土からやってきた入植者で、入植前にはかの田中正造と足尾銅山鉱毒事件を戦ったのだそうです。
また、日本の自給率についての話も興味深く感じました。
現在、日本の食料自給率は約39%と低値で問題になっていますが、農業大国の北海道だけで見ると、乳製品300%、魚介類416%、砂糖類650%、そしてばれいしょに至っては940%と、驚異の自給率の高さなのです。
北海道は日本の食をこれだけ支えているにもかかわらず、政府は需要に応じて「バターを作るな」と言ったり、その数年後に「バターを作れ」と要請したりと、酪農家に何度も無茶振りをしています。
そこで荒川先生が「北海道が日本から独立したら最高なのでは!?」という仮説を立てるのですが……その結末はぜひご自身の目で確かめてみてください。
『百姓貴族』の魅力②酪農のことがわかる!
『百姓貴族』では、農業で使われる設備や、農家のリアルな1日のスケジュールなども紹介されています。
特に、酪農家の生活を見ていると、やはり農業はとても大変で貴重な仕事なのだと実感します。
収穫期である秋の荒川先生の場合は、明け方4時半の牛のお世話から始まり、夜中の0時まで仕事がみっちり。仕事の合間に短時間で食事を済ませ、0時から4時半の間に洗濯・風呂を済ませて寝る、というブラック企業よりもブラックなタイムスケジュールだったそうです。漫画家になる直前に至っては、さらに睡眠時間を削って投稿作品を執筆していたというのですから信じられません。ちなみに荒川先生は『鋼の錬金術師』を連載していたときに息子さんを出産されており、妊娠中も産後も休載しなかったというエピソードがファンの間では有名なのですが、このバイタリティも実家で働いていたときに培われたのでしょうね。
このような農家の大変な側面を見ると、「私には無理だ!!」とつい思ってしまうのですが、幼い荒川先生が兄弟と一緒に広大な敷地内で農業用の大きな設備や機械で遊んでいる風景を見ると、自分はこのようなスリリングな遊びをしたことがないので少し羨ましくなります。
作中に「ロールベーラ」という、牧草をロールケーキのように巻いた保存用家畜飼料が登場するのですが、ロールベーラを高く積み上げた上は子どもたちの格好の遊び場だったそうです。荒川先生と荒川先生の弟さんがロールベーラの上で遊んでいた際、弟さんがロールベーラの隙間に落ちて絶体絶命のピンチに陥ったというエピソードが紹介されていました。
公園の安全性を高めるためかスリリングで楽しい遊具からなくなっていっている昨今ですので、そのような環境で育った荒川先生たちが羨ましくなりました。
『百姓貴族』の魅力③荒川先生の半生がわかる!
前項でも少し触れましたが、『百姓貴族』を読めば、荒川先生がいかにして現在のような方になったのか、その生い立ちを垣間見ることができます。
荒川先生は獣医を志していた時期もあったそうなのですが、6年制である獣医学部を4年制だと勘違いしており、6年は学費を払えないということで断念しました。
漫画家になろうと決心してからは、弟さんが大きくなるまでという約束のもと、期限付きで実家の仕事を手伝っていらっしゃいました。
初めての投稿作品が賞を取った(これもびっくりなことなのですが)ため、その賞金で上京して本格的に漫画を描き始めたそうです。
……と、このようなおおまかな生い立ちはわかるのですが、荒川先生が大人気漫画家になる契機となった作品『鋼の錬金術師』は、農業とは全く異なるテーマの作品なんですよね。果たして荒川先生はどうやってハガレンを思いついたのでしょうか。きっと、たくさんの知識の引き出しをお持ちの方なんだろうなと想像してしまいます。
そんな荒川先生が幼い頃からウィットに富んでいたことを思わせるエピソードが本作で紹介されています。
「小さい頃、悪いことをしたら『おまえは橋の下で拾ったんだ』って言われてショックだった」というあるある話で盛り上がった飲み会の後、兄弟に聞いてみると「私らもさんざん言われたわ」と言われた荒川先生。しかし、当の荒川先生はそのようなことを言われた記憶がないのです。すると荒川先生のお母さんが真相を教えてくれました。
「おまえはね、橋の下で拾ったっつったら…読んでた本から顔も上げずに『じゃあすぐそこの〇〇橋の下か 自分はその上流のお金持ち農家〇さんの子供かもしれないね』ってサラッと流されたわ!」
作中では荒川先生ご自身の「やな子供だな。」というツッコミがオチとなっているのですが、私個人としては嫌な子どもというよりもなんらかの才能を感じてしまいました……ファンゆえの贔屓目で見てしまっているからでしょうか。
『百姓貴族』オススメです!
北海道の土地と歴史について学び、農業の世界について知り、そして大ヒット漫画を生み出してきた荒川先生の半生を垣間見ることができる『百姓貴族』をぜひ読んでみてはいかがですか?
実は『百姓貴族』は、2023年5月に東京農業大学と農林水産省とのコラボレーション企画を行っていました。
省庁や大学とコラボしてしまうなんて、スケールの大きさがさすが荒川先生……と思わずにはいられません。
また、なんとアニメ化が決定しており、2023年7月7日から放送開始予定となっています。荒川先生と担当編集者さんの対話形式で進んでいく本作をどのように映像で表現するのか、色々と赤裸々に描かれているのですが全部放送できるのか……など、個人的には非常に気になっています。
気になった方はぜひ読んでみてくださいね。
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