ちょっと奇妙でオシャレな短編集『25時のバカンス』

私の周りだけかもしれませんが、TwitterなどのSNSで、『宝石の国』という漫画の展開の闇深さがときどき話題になります。また、主人公がかわいそうな目に遭う漫画の代名詞として『宝石の国』の名前を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。

そんな『宝石の国』で有名な市川春子先生が、『宝石の国』の連載を始める前に描いた短編集が、合計2冊発売されています。今回はそのうちの1冊である『25時のバカンス』をご紹介したいと思います。

『宝石の国』を読んだことのある人は、『宝石の国』に通じる部分を見つけて楽しめると思いますし、市川春子作品に触れたことのない方も、その独特な世界観に魅了されること間違いなしです!

目次

『25時のバカンス』を本棚に飾るとオシャレになる

『25時のバカンス』は、特にこんな方々にオススメしたいです。

  • SF作品が好きな方
  • 貝殻、鉱石、惑星などの無機物が好きな方
  • オシャレな装丁の本が好きな方

最初の2点については、以下の内容の紹介を読んでいただければ、オススメしたい理由をお分かりいただけるのではないかと思います。

では、なぜ「オシャレな装丁の本が好きな方」に手に取ってみてほしいのかと言いますと、作者である市川春子先生ご本人がこだわり抜いてお作りになっている装丁だからです。

市川先生は、ご自分のすべての単行本の装丁を、自ら手掛けていらっしゃいます。表紙と裏表紙のイラストはもちろん、タイトルロゴや、カバーの紙の種類、表紙の加工など、1箇所1箇所に作品の世界観が詰め込まれています。

『25時のバカンス』の表紙に触れてみると、透明なニス加工が施されているのが分かります。しかも、一般的に見られるように、表紙イラストの協調したい部分にニスがかぶせられているのではなく、表紙と全く別の模様がまるで額縁のようにニスで重ねられているのです。私は初めて『25時のバカンス』を手に取ったとき、とても面白いなと思いました。

ちょっとマニアックな視点でのご紹介になってしまったかもしれませんが、装丁オタクの方にはぜひ一度見ていただきたい作品です!

3つの短編のあらすじと魅力

『25時のバカンス』には、表題作である「25時のバカンス」、「パンドラにて」、「月の葬式」の3作品が収録されています。簡単なあらすじを1つずつご紹介していきます。

①変わり者な姉としっかり者の弟の怪しい関係「25時のバカンス」

主人公である乙女は、空知製薬深海生物圏研究所の副室長を務めていますが、乙女が所属する研究室は十分な成績を上げることができず、9月いっぱいで解散することになっていました。社員たちの転職先は概ね決まり、あとは研究室で飼育していた魚の行き先探しのみ残されているといった頃、乙女は5日間の有給休暇と無人保養所の使用許可を取り、弟である甲太郎とバカンスを過ごすことにしました。

甲太郎はカメラマンになり、世界中で変な生物の写真を撮っていました。そこで乙女は、甲太郎に自分の写真を撮ってくれないかと頼みます。

夜中25時の海の浅瀬に呼び出された甲太郎が見たものは、顔についたネジを外してお面のように顔面を外す乙女と、乙女の体内に住まう奇妙な深海の生き物だったのです。

近親相姦というタブーをさっぱりと描く

甲太郎の目はなぜいつも片方だけ赤く充血しているのか。乙女は自分の体が真珠層に変化してしまった今何を考えているのか。「あの」事故のとき、乙女は何を考えていたのか。

2人の5日間のバカンスの間に、少しずつ2人の距離は縮まり、さまざまな思いが明らかになっていきます。

姉弟が互いに惹かれ合うさまは近親相姦そのものなのですが、「近親相姦」という言葉が連想させるようなグロテスクさはなく、2人の間の愛情は、淡々と、しかしキラキラと輝くように描かれています。

誰もが今までに読んだことのない恋愛漫画だと思います。また、乙女と甲太郎を取り巻く、研究所の部下たちや、乙女の体内に住んでいる生物たちも皆お茶目で可愛らしいキャラクターとなっています。

②「全寮制学園モノ」×「SF」の、「パンドラにて」

地球から13億キロ離れた土星の衛星にあるハエマト・パンドラ女学院に、44人の新入生が入学してきました。地球で成績と品格が特に優れていた女子たちがやってくるこの学院は地球から最も離れた学舎で、4年間学んだ後、卒業生たちは他の土星の衛星であるエンケラドゥスでの微生物研究に参加し、新薬開発などに貢献することになっていました。

この学院に通う二条ナナは、ろくに授業に出席せず、理事長のワインをちょろまかしたり仲間たちとたむろしたりするような、素行の悪い生徒でした。

そんなナナに、新入生の1人であるロロがぴったりと付き纏うようになります。口が聞けないのか、何も言わずにナナについてまわるロロの様子を見て、周りはさまざまな噂を立てますが、最初は放っておいているように見えたナナも次第にロロに心を打ち明けていきます。

ミステリアスな存在のロロでしたが、実は、ナナに付き纏っていたのにはとある理由がありました。

ロロはナナのことが大好きだし、みんながナナを好きになるのも分かる

ナナは先述の通り素行の悪い生徒で、生徒会や先生には目をつけられ、一部の生徒からは嫌われたり陰口を言われたりしているのですが、いわゆる「女子校の王子様」のような魅力的な雰囲気を纏っています。

一方ロロは、とある目的を持ってナナのいる学校に入学してきたのですが、その理由を知るとロロのいじらしさがとても可愛く見えてきます。

ロロとナナ、この2人の友情は「パンドラにて」の魅力の1つです。

また、「パンドラにて」は一見平穏な学園ものに見えますが、市川先生の作品がそれだけで終わるはずがありません。最後のシーンはいつ読んでもドキッとしてしまいます……。

私が『25時のバカンス』の中で一番好きなシーンは、この「パンドラにて」に登場します。学校の生徒たちが一緒にダンスを踊るシーンなのですが、運命に翻弄される少女たちの、楽しい青春の一瞬が切り取られているようで、切なくも美しいシーンだなと感じます。

③家出少年と好青年が家族になる話「月の葬式」

主人公である少年は、成績が非常に優秀な天才で、将来は医師になって父親の病院を継ぐことになっていました。しかし、親の期待に応え続けてきて、これからもそうしていく自分の人生に嫌気がさし、大学受験の当日に電車を乗り間違えます。そのまま当てどもなく雪深い街を歩いていたところ、職業不詳でしたがイケメンで街中の人気者である間(あいだ)という青年に拾われます。

街では住民総出で少年の捜索を行っていましたが、少年の事情は知らないまでもなんとなく心情は察した間は、少年に「よみち」という呼び名をつけ、自分の弟として匿うことにしました。

ある日、間がくしゃみをすると、よみちの足元に奇妙なボタンのようなものが転がってきました。よみちが間にわけを尋ねると、なんと、間は月からやってきた人で、肌が硬化して剥がれ落ちていく病気にかかっていたのでした。

天才に倦んだ少年が生きがいを見つける過程に、納得

間と出会う前のよみちには、問題集を開いても解けない問題などなく、両親の期待通りに歩んでいく自分に嫌気がさしていました。

しかし、いい加減でつかみどころのない間と生活するうちに、自分では予測不能な出来事に巻き込まれることが増えました。今までの自分ではありえなかった「もの忘れ」をしてしまったこともありました。そんな自分に驚きながらも、よみちは自分自身の変化を自覚していきます。そして、間が不治の病にかかっていると知ったのも、不測の事態でした。

よみちと間が出会うシーンを初めて読んだとき、「この2人はこの物語の中でこれからどのような相互作用を及ぼしていくのだろう」とワクワクしたのですが、本当に思いもよらない展開となりました。そして、予想だにしない方法で、倦んだ少年よみちは生きがいを見つけるのです。

そして、この「月の葬式」は、タイトルの元になっているワンシーンが非常に印象深いものとなっています。なぜ葬式をするのか? 誰のための葬式なのか? ぜひ皆さんもご自身の目で確かめてみてください。

『25時のバカンス』おすすめです!

以上、『25時のバカンス』の魅力についてご紹介してきました。

姉弟の恋愛模様を描いた表題作「25時のバカンス」、運命に翻弄される少女たちを描いた「パンドラにて」、人間ドラマと葬式のシーンが印象的な「月の葬式」……皆さんはどのお話を一番気に入っていただけるでしょうか?

ぜひ『25時のバカンス』を手に取って読んでみてください!

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